走ることと音楽などをつれづれに

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私的ドキュメント 都内で遭遇した東北地方太平洋沖地震

3/11 金曜日

14:46 10階建の4階の築20年程度、昨年耐震補強をしたオフィスビルで揺れを感じる。


ご存じ片持ち梁の振動では屋上と同じぐらい振幅がある部位。横揺れなので、直下型ではなさそうだなと思った。先日の仙台の地震もあるのでそっちが震源地かなと想像。最初は体感で震度3ぐらいかなと思った横揺れが長く、徐々にどんどんどんどん大きくなってくる。東京に来て30年近くになるが、ここまで激しくなるのは初めて。強い危険を感じる。窓から外を覗こうとしたOLに、「ガラスが危ないよ」と、離れるように強く言う。

お偉いさんの「避難!避難!」という声に順次ドアを出ると階段へ。片松葉なので階段、しかも揺れる建物の中ではすこぶる降りにくい。何度か松葉杖を取り落とし、患部をひねったり負担をかけたりしながら地上へ。若干痛いが命には代えられない。

揺れる中、なんとかビルの外に脱出。道向かいの広い場所に出て振り向くと、ついさっきまで中にいた敷地いっぱいのペンシルビルが、隣のビルとぶつからんばかりに振れている。揺れは徐々に収まりつつあるので、ちょっと前には確実に屋上のパラペットが隣のビルの壁面にぶつかっていたに違いない。

幸い外のどのビルの窓ガラスも割れてはいない。見た目、大きな破壊、倒壊の状況もなく、人もパニックの様相もないのが救い。それでもしばらくは地上で揺れを感じていた。

地震の怖いところのひとつは余震がいつ来るか、いつ収まるかわからないところだ。案の定、しばらくは揺れては止まり、揺れては止まりしている。ただ、表にいる人数を見る限り、中に停まったままの人も多いようだ。

30分ぐらい様子を見て、ビルに戻って見る。古いビルだけあってか、階段にヒビが入っている!想像以上の力が加わっているようだ。

席についたところでまた揺れだした。今度は手早くまとめた荷物を持って、再び階段で外へ。階段のクラックを見ているだけに強度が不安だ。外に出ると周りの構造物が軒並み揺れている。地面からもまだ揺れを感じる。見ると地下鉄もエレベーターのシャッターを下ろし始めている。

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しばらく様子を見て、16時になったので家に帰ることにする。片松葉なので、元々ラッシュ時を避けるためにその時間に帰ろうと思ってはいたが、この状況だとはたしてどうなることだか先が読めない。

当然各鉄道は全面運休して総点検をしているだろうし、復旧時間はわからない。だが後手に出れば乗るに乗れない状況になるだろう。駅に着くと、やはりJR、東京メトロ共に全面運休で復旧時間がまったく不明。テレビモニターに人が群がってる以外は、人の姿もまばらだ。そこは想定内なので、とって返すと東口タクシー乗り場に並ぶ。既に列は長く30人以上が並んでいるようだ。それでも待てば海路の日和あり。我慢強く待てば少しずつは進んで行くだろう。

困ったのが半ズボンの姿でいること。今も長期外出中は膝にアイスバッグをつけたままで長ズボンをはけないので半ズボン姿なのだが、この日はすぐに帰る予定だったので代えの長ズボンは持っていない。寒さに寒イボが立つ。だがタクシー乗り場には次々に人が並んできて、ここで列を離れると数時間単位で乗ることができないのは必至。諦めてタクシーが来るのを辛抱強く待った。

待ち時間はTwitterやメールで安否の確認。携帯電話はもちろん通じない。ネット・プロバイダ接続用の電波は通じたり通じなかったりだが、比較的Twitterやメールは使えたのはずいぶんと助かった。中でもある走る友人の方は自分の事務所が強震で悲惨な状況にあるにもかかわらず、私の松葉杖の状態を知っているので「いつでも車で行って家まで送りますよ!」と連絡をくれた。本当に涙がでそうにうれしい。自分としてはタクシーに乗れば自力で何とかなると思っているし、またこういう状況での未曾有の交通渋滞で飯田橋から千葉県まで行くのにどれだけ時間がかかるか判らない状況でもあるので、「本当にまずそうだったら土下座しててもお願いします」と連絡を入れた。

また日頃から予備電源は持ち歩いているので、いざという時にもある程度はもちそうなのはありがたい。本当は入院前はいつ被災してもいいように若干重い防災セット(自分セレクト)を持ち歩いていたのだが、松葉杖になって家に置かざるをえなくなったのが悔やまれる。iPod nano 4Gを持っていたので、FMラジオで情報を聞けたのはとてもありがたかった。

18:00前には駅からのアナウンスで終日JR各線が動かないのを知る。線路点検は全線に渡り目視検査で、中には壊れているところもあるだろうから当然だろう。歩道と道路の歩道側を歩きながら通る人が数多くいる。家まで歩いて帰る人だろう。考えても仕方ないがそれにしても無性にうらやましい。後日、「日頃からランニングしている人はこういう時は強い」といった言葉を見つけるにつけ、強い嫉妬心を覚えたのは秘密だ(苦笑)。

あたりは暗くなり、気温も下がってくる。ただでさえ寒いのに半ズボンでいるだけに歯の根が合わなくなってくる。そうした中でも雨や雪でなかったのは不幸中の幸い。また、高速道路はだめのようだが一般幹線道路はあまり大きな被害がないというのは救いだろう。それにしても、さすがにJR全線復旧なしとアナウンスされてからは、それまでに1時間に数台来ていたタクシーもまったく来なくなってきた。また道もひどい混雑状態だ。順番は前から7番目。あとちょっとなのだが、これだけ来ないといつになるのかまったく時間が読めない。

ラジオでは東京メトロの地下鉄が一部復旧したことを告げていた。これで渋滞や待っている人が若干少なくなればと思ったが、なかなかそうもいかない。周りのおばさんなどはそれでも我慢強く冗談を言いながらなごんでいたが、前に並んでいる若者が,「JRはリムジンバスでも出して送るべき」だとか、「なんでタクシー来ないんだ。ここは無視かよ」と、どうしようもなくくだらないことをいい散らしはじめた。また、これ以上待ってても来る可能性も低そうだし、寒さと疲れもあって21:00に列を離脱した。

とはいえ松葉杖の状態だし、ずっと5時間立ち続けていた疲れもあるのでそうは遠くへは行けない。近くの中華料理店に入ると太るのも気にせず(笑)、目いっぱい腹を満たして身体を暖めた。続いてコンビニエンスストアに入って唖然!おにぎりとパンとミネラルウォーターが掻き消えたのように、総てなくなっている!ジュース類はさほど減っている様子はない。私の目的は膝の冷却用の氷とタクシー待ちの時にとてもほしかった「身体が暖まる液体」。どちらもふんだんにあった。実は、氷は溶かせばミネラルウォーターとほとんど値段は変わらないのにね。

余震の心配はあるが、とりあえずどこかに避難しないと凍えるのは必至だったので、ネットカフェとカラオケ店を訪ねてみる。が、ネットカフェは満杯、カラオケ店は看板のライトはついていても営業はしていなかった。どちらも階段の上り下りがあってきついのが堪える。

ラジオで半蔵門線の九段下~押上間が運行を始めていると聞いたので、多少家に近づいてそこからタクシーに乗るなり、夜を明かせる場所を探したりするのが得策かもしれない。そう思ってちょっと距離はあるが九段下まで杖をついていくことにした。

駅はエレベータもエスカレータも動いてなかったが、明かりはついて人もいる。駅構内で泊まることを前提に柱や壁を背に座っている人も多い。始発だからだろうか、改札は意外に混雑もせず、電車に乗っても余裕で座れた。混んできたのは大手町からだった。終点押上で下車。満員電車からどっと人が押し出される。外に出ると東京スカイツリーが聳え立ち、皆、写真を撮ってた。あはは、みんな田舎ものだなあと思いつつ、一緒に写真を撮ったのは内緒だ(苦笑)。

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地上に出ると幹線道路の車の渋滞はさらにすごい。一寸擦りというか、ほとんど前に動いていないような状態だ。この分だとほとんど家に帰れる状況にない。しばらく道沿いに歩いたところ、交番があったので、ホテルや旅館などがないかどうかを訊ねた。すると、すぐ近くにある曳舟小学校を臨時避難所として開いているというではないか!

助かった!なんとか横になれる。

お礼を言うと最後の力を振り絞って曳舟小学校へと向かう。校門でインターホンを押すと、すぐにボランティアの方が丁寧に対応してくれた。

PH_208.jpg

足が悪いということで1階に案内してくれて、入った教室にはマットが敷き詰めてあって毛布がある。暖房もしっかり入っていて、教壇の上の液晶テレビは(寝ている人もいるので)小さな音でニュースを流し続けていた。そのショッキングな映像と何度も続く余震に、横になってもしばらくは眠りにつくことはできず、煩悶とした気持ちでいた。幸いまだ寒い時期だったので、氷がなくなってもアイスバッグに水道の水を入れれば1~2時間ぐらいはもつ。そうしているうちに、夜明け前にうつらうつらと眠りに入った。

3/12 土曜日

朝。緊張感からか6:00には目が覚める。同じ教室内でも夜半に着いたり、また車で迎えに来てもらって帰ったりした人もいて入れ替わりがある。ボランティアの方から災害救助用クラッカーとペットボトルからお茶をいただく。災害救助用クラッカーはナビスコのクラッカーを真空パックにして5年保持できるようにしたもののようだ。寝て休めるばかりでなく、朝食までいただけてありがたい。

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テレビの情報からすると7:00ぐらいから常磐線が復旧して動き出すというので、混んでいることは承知の上で上野駅に向かうことにする。曳舟~押上間も動いているというので、ボランティアの方がわざわざ駅まで案内してくれた上に、「気をつけて帰ってください」とのお気遣いまでいただいた。

曳舟~押上間は一駅でそれほど混んででもなく乗ることができ、半蔵門線の押上~三越前も並んだが座れて行くことができた。銀座線に乗り換えて三越前から上野に向かうのだが、当然ホームから混み具合が半端じゃない。それでもあまり待つことなく満員電車に立って乗れた。なんとかいいポジションを保って、必死に松葉杖をつり革を握りながら右膝にショックを与えないようにする。途中、前の車両に詰まりながらなんとか上野駅に着いたのだが、ここからが大変!

まず、地下から地上に出るまでが長い行列でなかなか前に進まない。無理もない。通常でさえ本数が多くても朝の混雑が激しい常磐線に乗っている客が一部とはいえ殺到しているのだ。混雑は最初から覚悟していたが、実際に目の当たりにするとやはり尋常ではない。9:00過ぎから1時間半ほど待ったが、地上に出て駅の構内に入れた程度。列車の運行も1時間に1本程度らしい。

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このまま待つにはもう足の立ちっぱなしもつらいので、離脱して駅前のネットカフェに移動。ほぼ満杯だったが、運良く席が取れた。ブースに入ると少し緊張がほぐれる。やはりずっと張り詰めていたようだ。

ネットカフェではありがたいことに食事もできて、また氷があるので膝を冷やすことができた。携帯電話では難しい情報も取得することができて、ずいぶんと助かった。右膝をかばって左足をかなり酷使しているので左足裏が痛い。夕方になればかなり混雑が緩和されているのではないかと思い、しばらくゆっくりすることにした。

5時間弱が経過して、15:30に再び上野駅に行く。駅の入口はほとんどシャッターが閉められていて、駅の入口は公園口に限定されているとのこと。まだかなりの人が駅の構内のラチ外コンコースで並んでいる。この時点でも電車は1時間に2本程度の運行のようだ。さすがに2日目の日没までには帰りたい。ここはもうなんとか気力で補って帰ると強い決意をする。

混雑の中、それでも16:00過ぎには改札を通ってラチ内に並ぶ。列車間隔も長いし、ホームを混雑させないために、ホームに出る客を小出しにして制御しているようだ。ホームに人があふれると危険だしね。

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折り返しの長い列なのでかなり長い時間待たされることを覚悟したが、1時間程度の待ちでなんとか電車に乗れた。当然どこかに必死につかまらないとと思っていたのだが、なんと優先席に座ってられた老婦人席を譲ってくれようとして、それに気づいた隣の老紳士が老婦人を押し止めて私に席を譲ってくれようとする。さすがにそれはと思い、固辞したのだが、結局は座らせていただいた。もう涙が出そうなぐらいで何度も感謝の言葉を口にした。 

地元の駅についてなつかしい気分に浸る。昨日に家を出たのがもうずいぶんと昔のようだ。日も落ちてきたので駅前の回転寿司でまずは腹ごしらえ。自分をねぎらうのと、自宅の中の惨状にショックに耐えるためにまずは食欲だけでも満たしておかねばならぬ(苦笑)。

店を出て家路をたどると、途中の道にロープが張っていて作業の方がおられる。

「どうしたんですか?」

と訊くと、建物が倒壊する恐れがあるそうだ。なるほど地盤がゆるくなっているのか、電信柱も斜めに傾いている。それを見ると、築年数の古い自宅のマンションも建っているかどうか、急に不安になった。とはいえ、今更あわてても仕方ないし、走ろうにも走れない。ゆっくりと進んでいくと、あった。しっかり建っていて、階数も減ってない(笑)。エレベーターも動いている。

自宅の前に立つと恐る恐るドアを開ける。かしいではいないようだ。部屋の中を見ると、普通に雑然と散らかってる(苦笑)。これが魔窟と呼ばれる汚部屋の普通の状態なので仕方がない(苦笑)。部屋の中をみたところ、棚の上のものなどは落ちてたりはしていたが、床に乱雑に積み上げられた地層のおかげで壊れたりはしておらず、また地層のおかげで家具が倒れたりはしていなかった。不幸中の幸いだ。というか、いいかげん部屋の片づけをなんとかしたい(苦笑)。

部屋で横になるとどっと疲れが出た。それと同時に激しい筋肉痛、そして右愛の患部にちょっとした痛みが。それでも、なんとか無事に帰りつけたことに、そしてお世話になった多くの方に心から感謝した。

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santapapa

Author:santapapa
小さい頃から運動音痴で今までまったく体育系クラブに属した経験がなかったのですが、2007年の2月からipodがきっかけでダイエット目的に走り始めました。だんだん走るのが楽しくなってきた「長~くゆっくり」がモットーのランニング初心者でしたが、故障のため走ることから引退。その後の名医と出会いがきっかけで現在復活のためにリハビリテーション中です。

最初は4km走るのもやっとでしたが、2007年6月にハーフ、2007年9月にフル・マラソンをやっとこさ完走。2008年3月には100kmウルトラを完走し、今はウルトラをメインに、バンド活動の傍らファン・ランを楽しんでます。生活の中で走ることの優先度が低いので、最近はたまにしか走らずリバウンドの兆しが悩みの種。大会参加でモチベーションをあげています。

自己ベストは10km=45:48(第10回記念大会ニューリバーロードレースin八千代 '07.12. 2)、
ハーフ=1:41:50(NET/第13回手賀沼エコマラソン、 '07.10.28)
フル=3:33:30(NET/第56回勝田全国マラソン大会 '08. 1.27)、
ウルトラ=12:34:40(100km/第4回伊豆大島ウルトラランニング '08. 3.29)、
=38:41:42(206km/第3回佐渡島一周エコジャーニーウルトラ遠足 '08. 9.13)。

なお、blog中の仮名は、自ら公開blogでHNをお使いの方以外は個人情報の関係上、原則アルファベットにしていますのでご了承ください。

2009年3月以前の過去アーカイブは旧ブログ『よっこらしょ』を参照。
2010年11月以前の過去アーカイブは旧ブログ『ひょうろくだま』を参照。

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